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チキン南蛮について
<概要>    
 チキン南蛮とは、宮崎県発祥の料理であり、郷土料理とされている。作り方は、鶏肉を小麦粉に玉子を溶いて併せたものを衣にして揚げ、南蛮酢という調味酢に漬けたもので、タルタルソースを添えたスタイルのものが一般的である。タルタルソースを添えないものもあるほか、タルタルソース以外のソースを添えたものも登場している。
 
<沿革>
 昭和39年に宮崎県延岡市で誕生したというのが通説となっている。当時当地にあった「ロンドン」という洋食店に勤めていた料理人が、揚げた鶏肉を甘酢に漬けるまかない料理を発展させたものだとのこと。揚げ方と甘酢を工夫することにより、鶏肉をおいしく食べられる一品としてチキン南蛮が登場した。
 「南蛮」という名称だが、アジの南蛮漬けから命名されたものらしい。南蛮漬けとは、揚げたアジを酢に漬けてマリネとするものであるが、これを鶏肉で行うからチキンの南蛮、つまりチキン南蛮ということになる。また、開設者の想像でしかないが、「南蛮」という言葉に何かしらメタファー(暗喩)を期待したのかもしれない。南蛮とは、室町時代にポルトガル交易が行われた際に、南方から到来する交易船からもたらされる、さまざまな珍奇なもの、目新たらしいものを総称したものであるが、油で揚げる調理技法もこのときにもたらされた。その後、鎖国が終わるまで「南蛮」という言葉は目新しいものの比喩として用いられていたらしいのだが、南蛮という言葉がもっている、そういうメタファー(隠喩)を、本品の発展を願って使用したのかもしれない。
 黎明期、延岡市内にチキン南蛮を出す店が2つ誕生した。「直ちゃん」と「おぐら」である。前者はタルタルソースをかけないスタイル、後者はタルタルソースをかけるスタイルとしてスタートした。
 タルタルソースをかけるスタイルは、その後宮崎県内各地に普及することとなったが、「おぐら」の先代の話によると、チキン南蛮として、鯉の甘酢あんかけのようなスタイルをイメージしていたが、洋食として華を添えたいと考え、タルタルソース添えを考案したという。
 チキン南蛮は、その後宮崎県内での「おぐら」の店舗展開もあり、普及していくこととなった。ほどよい酸味の南蛮酢にコクのあるタルタルソースが添えられたそのスタイルは、宮崎県民の味覚にもマッチし、次第に当地郷土料理として人口に膾炙していく。
 当初は、もっぱら宮崎県内で発展した一品ではあるが、昭和50年代に福岡地区で展開していた弁当店がおかずとして採用したことで、全国にもその名が知られていくこととなった。
 ただし、南蛮酢は独特の甘みがあり東日本の味覚にはなじみにくいこと、ならびに、弁当のおかずにする場合は南蛮酢漬けだと汁がたれてしまうという問題があったため、南蛮酢を使わない、つまり、揚げただけのものにタルタルソースを添える、という一品がチキン南蛮弁当として全国に普及していく。このため、東日本では、チキン南蛮というと、揚げた鶏肉または空揚げにタルタルソースを添えたもの、として認識されているのが現状である。
 
<鶏肉の特性>
 鶏肉は牛肉、豚肉に比べて脂が少なく火を通すと肉がバサバサになりやすい。じっくり火を通せばそうなることはないのであろうが、揚げたり焼いたりする際はバサバサになりやすい。この点をどう克服するかが鶏肉料理の課題となる。
 本件ではさまざまな鶏料理を試してきているが、うまいといえる一品は次のようなパターンがある。
 A.じっくり火を通し脂をじわっと出させたもの
 B.脂身を外してバサバサにならないようさくっとした食感に仕上げているもの
 まずA.だが、丁寧に揚げた空揚げやグリル、蒸し鶏などが挙げられる。じっくり火を通すことにより肉がバサバサにならないようにしつつ脂をじわっと出すものである。肉そのもののうまさを味わうことができるが、火加減次第で失敗してしまうため、調理法としては難しい。
 次にB.は、カツレツや唐揚げの一部に見ることができる。肉はあくまであっさりとした食感に仕上げ、肉の脂身を外すことから肉に脂が出てこない。このため、適宜ソースや塩などで味を作ることなる。
 鶏肉のうまさを味わうためには、脂もじわっと出させるA.が好適であるが、前述の通り火加減が難しく失敗しやすい。牛肉や豚肉は肉にサシで脂が含まれるため火を通すだけで脂が出てくるので、焼き肉やステーキなど比較的シンプルな調理法でもうまさを引き出すことができる点と対照的である。
 また、肉の部位の問題もある。鶏肉でうまい部位はもも肉であり、これはもも肉内に脂があることによる。一方、胸肉やささみは脂身がないため、肉の食感がどうしても劣ってしまう。火を通すことにより肉がバサバサになりやすい。
 牛肉や豚肉でも肉の部位による食感の差があるが、鶏肉はそれがよりはっきり出てくるという点で調理法をより工夫しなければならないゆえんである。
 
<鶏料理の課題>
 では鶏肉をうまく食べるためにはどのようにすればよいのか。本件ではさまざまな鶏料理を開設者は食べ、いろいろ考えてきた。
 肉は脂が出てくるのがうまいため、上記Aの通りじっくり火を通す調理法が適しているのであるが、これがなかなか難しい。蒸し鶏、唐揚げ、チキンステーキ、うまい店はうまいのだが調理に時間がかかり調理技術の差が出るので、一品としてどこで食べてもおおむねうまいとはいいがたい。例えば唐揚げをとってみると、うまい店は二度揚げしておりまず下揚げとしてじっくり低温で揚げ、その後本揚げで仕上げている。これによりプリッとした肉の食感とじわっと浸出してくる脂の旨味を味わうことができる。しかしながら手間がかかることもあり一般的な調理法ではない。
 胸肉の場合はさらに難しくなる。焼くにしても揚げるにしても、肉がバサバサになりやすくどうしても食感が劣ってしまう。
 この点を逆にとらえてさっぱりした食感に仕上げる方法(チキンカツ)があるが、ソースで勝負ということになる。デミグラスソースを工夫したチキンカツではさっぱりした食感の肉にコクのあるソースを併せることで一品として完成させている。開設者もこうしたチキンカツを何件も食べてきた。さっぱりした食感の肉にデミグラスソースのコクが相まってうまい一品である。しかしながら、これでは鶏肉のうまさを引き出しているとはいいがたい。
 ところで、焼き鳥について。串焼き炭火焼きであるが、これはなかなかよくできた一品である。肉を小さく切り分けることにより火が通りやすくした上で串刺しを炭火で焼くことにより、じっくりと火が通る。焼いている内に脂がじんわりと浸出し、余分な脂は炭火に落ちるためほどよい脂が残った一品に仕上がる。いわば鶏肉の特性をふまえた上手な調理法であるといえよう。炭火起こしと手を抜かずじっくり焼き上げればたいがいはうまく仕上がる一品であり、日本における鶏料理の中ではおそらく最もシェアが高い一品であろう。とはいえ、焼き鳥は酒の肴には好適であるものの、メインディッシュではない。今後なることもないであろう。
 料理はさまざまな態様があり、どれに優越があるというわけではないことは開設者も十分承知しているのだが、食文化としてみた場合はやはりメインディッシュになるのかどうか、という点は重視せざるをえない。
 鶏料理でメインディッシュになりうる一品は何か、開設者は鶏料理の今後の発展を考える上で欠かせない観点と考えている。メインがなければサブもない、A級がなければB級もない。サブやB級だけであればそれ以上の発展はない。鶏肉の特性をふまえた上でどうすればメインディッシュになるのか。そこを考える必要がある。
 
<チキン南蛮考>
 チキン南蛮は上述の通り揚げた肉を南蛮酢に漬けた一品である。タルタルソース添えがあるが、基本形は南蛮酢に漬けることである。
 揚げた肉は鶏肉のためどうしてもバサバサになりやすいが、南蛮酢に漬けることで肉に酸味と柔らかみが加えられ、食味が増す。これにより肉が食べやすくなり肉のうまさが引き出される。
 タルタルソース添えの場合、タルタルソースのコクと旨味が相まって一品としてさらに引き立てられていくのであるが、あくまで南蛮酢による肉の旨味引き出しがベースとなっているという点が重要である。いわばチキン南蛮は南蛮酢によって支えられているということであり、チキン南蛮の真価はここにある。
 鶏肉に柔らかみが加えられ食味が増すという点は、実は重要なことである。つまり、上述してきた鶏肉の特性、いわば弱点をうまく克服する画期的な調理法ということである。 チキン南蛮はこの点からもっと評価研究されてよいのではないか開設者は考えているのだが、鶏料理としてメインディッシュになりうる調理法なのではないか、そう開設者は考えるのである。
 メインディッシュの要件とは何か。コース料理の中でメインと位置づけられる存在、サブに対してのメインであり、他から引き立てられながらもそれ自体でメインと食べる人を納得させなければならない。食感、味の組み立てが立体的あり複雑な多重奏を奏でる、ゆえにメインとなる。
 この点からチキン南蛮を考えてみた場合、チキン南蛮はメインディッシュになりうる一品である、というのが開設者の考えである。南蛮酢により食味が増した肉は、ベースとしてさまざまな発展が可能になるということができ、タルタルソース添えは実はその一例に過ぎない。つまり、チキン南蛮はソースを変えることによりまだまだ発展することができ、ソースにより全体の仕上がりをより立体的に、深みのある一品に昇華させることも可能である。鶏肉の弱点を克服しながらより全体を高めていく、鶏料理のメインディッシュとなりうるポテンシャルがチキン南蛮にはあるということを指摘しておきたい。
 
<チキン南蛮のソース展開>
 チキン南蛮は鶏肉の弱点をうまく克服した一品であり、かつ、ソースを変えることにより今後もさまざまな発展可能性があることについて述べてきた。そこで、ここからは具体的にどのようなソース展開が可能であるか、開設者の見解を述べることにしたい。
○果物系ソース
 南蛮酢は甘みと酸味があること、鶏肉は脂が少ないため肉自体の食味がさっぱりすること、をふまえての検討である。
 「オレンジソース」:他の肉料理でも既にあるのだが、オレンジの酸味と爽快感が肉の旨味を引き立てる。チキン南蛮でも同様の効果が期待できよう。
 「ブルーベリーソース」:ブルーベリーは酸味、甘さ共に強いが南蛮酢とうまくマッチした場合より酸味が強調されて全体のうまさが引き立てられるのではないか。
 「バルサミコ酢ソース」:ブドウ由来の酢で芳醇な香りと官能的な味わいが特徴である。開設者は以前このソースを使ったチキン南蛮を経験したことがあるのだが、芳醇な香りが全体を引き立てており、濃厚な味わいが肉にねっとりと絡みつくまさに官能的な食感を与えていた。チキン南蛮が全く別物に仕上がっており、ただただ驚くばかりであった。
 この他、リンゴ、イチゴ、スモモなどもソースとして併せられると思われ、それぞれの果物としての旨味と特性がチキン南蛮にうまくマッチするであろう。また、マロンにも注目したい。マロンペーストを思い起こしてほしいのだが、マロンの舌ざわりと濃厚な味わいに特徴がある。これをソースにした場合、マロンの味わいとコクが肉に新たな食感を与えるのではないか。研究する価値があるかと考える。
 また、日向夏、マンゴー、へべすなどの宮崎特産の果物やゆず、かぼす、柿などさまざまな果物がソースとして併せることができるのではないかと思われる。
○ダシ系ソース
 あえて「ダシ」と書いたが、牛肉料理でいえば「フォンドボー」、つまりガラをダシとして調整したソースである。フォンドボーはさまざまなソースのベースとして用いられており、煮詰めてワインで味を調えたものを牛肉料理のソースとすることがある。牛肉に牛のダシを使うのだから無理がなく、フォンの濃厚で立体的な味わいが肉のうまさを引き立てる。
 これをチキン南蛮でもできないか。鶏は「鶏ガラ」として骨髄を煮溶かしてスープにするが、「鶏白湯」としてコクのあるスープができる。これをうまく使ったのが「水炊き」であるが、ガラスープに鶏肉を併せることで鶏の旨味を存分味わうことができる。そこで、チキン南蛮でも同様のソースができないものかと考える。鶏白湯をさらに煮詰めて「濃厚鶏白湯」としたものが最近つけ麺で出てきている。開設者も食べたことがあるのだが、ガラの旨味がさらにぎゅっと濃縮した濃厚な味で、それでいてガラなのでさっぱりしている。濃厚鶏白湯をソースにすることはできないだろうか。ガラの旨味とはすなわち鶏の旨味であるから、肉とうまくマッチするであろう。
 ダシといえばこの他にも多数あるが、魚介系のダシをうまく使えないものかとも開設者は考えている。ラーメンでは鶏ガラスープを魚介系のダシと併せてスープにしたものを数多く見かけるが、旨味が立体的になっており飲んでうまいスープである。このスープは麺のスープであり直ちに肉料理に合わせるというわけにはいかないが、上述の通り煮詰めて濃厚スープにすればソースになりうるのではないか。
 
 この他、醤油を煮詰めて作るソースや、酒から作るソースなど、さまざまなソースが考えられよう。世界的に見れば多様なソースが存在しており、世界の食文化はソース文化といっても過言ではない。ゆえに範とするソースやヒントにできるソースも多数あると思われるが、チキン南蛮ならば食味を増しながらさっぱりした食感になっているためさまざまなソースを併せることが可能であろうと開設者は確信している。
 
 チキン南蛮の更なる発展、それは鶏料理全体の更なる発展ということであり、鶏料理がメインディッシュになることも不可能ではない。
 鶏料理をテーマとする筆者にとっては望外の喜びであり、鶏料理の発展を願ってやまない。
以上